キミは聞こえる
 仲吉はすこしのあいだ沈黙して、唇を一度きゅっと引き結んだ。

「……ミサンガだけでも、受け取ってもらえない?」

 いま、目の前にいる彼女が代谷だったなら、と思う。
 ミサンガを受け取るどころか、一緒に代谷の身体まで抱きしめるだろう。

 桐野は首を振った。

「ごめん…それも、無理だよ」

 受け取れば、それはそのまま彼女への僅かなりとも好意と受け止められかねず、悠士の言う裏切りになりかねない。

 別に、代谷と付き合っているわけではないけれど、ましてや恋人同士でもないけれど、それでも―――

 片思いでも、一途に彼女を想う気持ちに自ら水をさすようなことはしたくなかった。


 そっか、と仲吉は悲しげに呟いて、腕を引いた。

 桐野はベンチに置いていた荷物を抱える。

「俺、行くから」

 仲吉を置いて走り去ると、仲良しの後ろで彼女を見守っていた女子生徒が桐野とは反対―――仲吉のほうへと駆けていった。

 逃げるように、速度をすこしだけ増す。

 小野寺の忠告は果たせているだろうか。あの様子では無理かも知れない。

 いくら優しい言葉をかけても、結局断っていることには変わりないのだから同じ事だ。それはわかっていても、悠士のような扱いは俺には出来ない。

 微かな罪悪感が尾を引く。いくつかの視線を背中に感じた。仲吉の友達のものだろうか。

 靴を履き替えながら、息を吐いたそのとき。


「モテ男にはモテ男なりの悩みがあるのですってか? ふわぁあ、いやはや贅沢なこって」

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