キミは聞こえる
「……なに?」
「いや…電話越しでも相変わらずなんだなぁ、と思って」

 それはこちらの台詞だ。

 桐野は相変わらず余計が多い。電話越しでため息をつくならせめて携帯を離してしろ。

「ま、いいか。こういう空気は慣れてるからな。ところでさ、この間のことなんだけど、ピンクと黒どっちがいいか訊いただろ? あれってなんだったんだ?」

 ああ、それは。

 今はもう奥の部屋に仕舞われてしまった二枚の和服が頭に浮かぶ。

「今度いっしょにお祭り行くでしょ? そのとき浴衣着て行くから、どっちがいいか友香ちゃんが訊いておけって」
「ええーっ!」

 今度こそ鼓膜が破れるんじゃないかと思った。

 「うっせーぞ進士!」とスピーカーを越え、桐野を超え、さらにその奥からかすかに男の怒声が聞こえた。おそらく悠士だろう。

「なんでそれならそうと言わないんだよ!」

 声量を一気に落として桐野は早口で言う。

「そこまで言う必要はないと思って」

 メールを打つというのはなかなかに大変な作業なのだ。出来るだけ短く端的にまとめたほうがこちらとしても楽なのである。

「気にするだろ!」
「……………そう?」

 またちょっと沈黙。さっきより深いため息が続いた。
 だから、と思う。

「あ、あのさ……それ、俺たしか黒って答えたよな?」
「うん」
「それって、男なら黒って言ったんだけど」
「じゃあ?」
「そんなもんピンクに決まってんだろ!」

 声を張り上げて言うことじゃない。
 それに、決めつけてはいけない。
 女でも黒が好きなものは大勢いる。冬はだいたい黒しか着ない泉である。

「もう黒って美遥さんに言っちゃったんだけど」
「………そう」

 ものすごく落ち込んだ声を返されて、泉は口の中で小さく唸る。

「……一応、大丈夫か訊いてはみるけど―――」
「ほんとか!」

 立ち直り早いなおい。
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