キミは聞こえる
「期待しないでね。美遥さんのことも、似合うかどうかも」

 ピンクなんて滅多に着ない。
 泉の中では、ピンクというと可愛い子が着る物という強い先入観があり、手を伸ばしても見るだけで終わってしまうのだ。

 ぼそぼそとなにやら声が聞こえたが、今度は逆にあまりに小さすぎて聞き取れない。がさがさという空気の音がほんのちょっと漏れてくるばかりだ。

「なんて言ったの?」
「いっ、いいや、なんでもない。それよりおまえのほうの用件は?」

 机の引き出しからメモ帳を取り出して浴衣ピンクと書き込む。あとで忘れずに美遥に訊かなければ。

 ペンを動かしながら尋ねる。

「小野寺って人、どんな人?」
「は? 小野寺ってあの、サッカー部の小野寺か?」
「その人以外の小野寺を知らない」
「どんな人って?」
「いい人っぽいのは表の顔? 実の性格には問題有り?」
「な、なんつー質問……。なんでいきなりあいつのこと?」
「どんな人?」

 桐野はしばし沈黙して、「どこも悪いとこなんかない、いいやつだと思うけど」と言った。

 声がどことなく固いのは、泉の質問の意図が読めず困惑しているせいだろう。

「ふぅん……」

 桐野はときとして、本当にごくたまに、鋭い観察眼を発揮する。彼がそう言うのなら、小野寺の性格は合格としよう。

「小野寺がなにかしたのか?」
「なにも? 話したことないし」
「じゃあなんで」
「ただ、気になっただけ。あ、私の用件はこれだけだよ。じゃあね―――」
「うわぁーっ、ちょっ、ちょっと待って!」

 離しかけた携帯をふたたび耳許に近づける。

 なんだよ、ハードな練習でさぞ疲れているだろうから、人が気を利かせて早く終わらせてやろうとしているのに。

「まだ、なにか?」
「う、うん。あのさ、今日、昇降口でおまえ、栗原と一緒にいた…だろ? そんとき栗原ちょっと様子おかしくなかったか? なにかあったのか?」
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