キミは聞こえる
「そんなふうに他人のこと思える人が誰かを傷つけられるはずがない。だから、しおりのことは信じてなかった。桐野君が信じなくていいって言うなら、やっぱり栗原さんは無罪なんでしょ? それなのにどうして自分を悪く言わなきゃならないのか、私にはわからない」

 可哀想すぎる。

 あんまり可哀想で、泉の方がやるせない気持ちでいっぱいになる。

「うん」
「見て、られなかった」
「え?」

 夕陽に攫われ、そのまま闇とともに消えてしまいそうな儚い笑顔が、見ていられなかった。

 思い出してまた胸が詰まる。

 問い返した桐野だけれど、二度目はなかった。ただ、黙って泉の言葉を待っていた。

 けれど、泉の口からは続く言葉がなかなか出て来ない。

 するとそのうち、桐野自ら沈黙を破ってとつとつと話しはじめた。
 
「小野寺もな、前にあったらしい。代谷のとはすこし違うんだけど、その、栗原の性格がどうにも気に食わなくて、怒鳴ったことがあるって」

 なぜ言い返さないのか。
 なぜ黙ったままでいるのか。

 そんなことをしていると、陥れられたことを認めることになるのがわからないのかと。

「それ、すごく同意見」

 よく言った、と褒めたいくらいだ。

 泣きそうな顔を見ただけで、私はそこから先もうなにも言うことが出来ない。

「でも、結局はなにも変わっちゃいない。必死に小野寺は責めたらしい。なんなら俺が言いに行こうかって立ち上がりもしたみたいだけど、栗原はなにも言わないでって頼んだらしいんだ」
「黙って言っちゃえばよかったのに……」

 ぼそぼそと不満をこぼすと「小野寺もいろいろ大変だったんだよ」と桐野は返した。

 ……そのくらい、考えれば泉にだってわかる。ただの独り言だ。

 小野寺が告げ口などした日には、ますます佳乃に対する風当たりが強くなっただろうことは一目瞭然である。

 佳乃の言葉を尊重し、ぎりぎりのところで踏みとどまってくれた小野寺の優しさに、泉は彼の本質を見た気がした。
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