キミは聞こえる
 そのまましばらく窓を見つめていると、二回、三回と振り返っては目が合い、そのたびにものすごい勢いで顔を背けられた。

 泉はだんだん腹の奥が冷えてくるのを感じた。
 不快とは違う。

 鬱陶しい。苛々するのだ。

 声をかけたいのなら別にかけてもらってもかまわない。
 けれど佳乃は一向に自分から口を開こうとはしない。

(めんどくさいヤツ。ま、知ってたけど)

 ちらちらと様子をうかがっては相手の視界に自分という存在を無理矢理介入し、気を引かせようとする。
 いったい何様だ。

 そんなことをしても、相手にしてくれるのはよほどのお人好しか(例えば桐野とか)、初対面の人くらいなものだろう。

 学習したほうが身のためだと思う。
 これから先のことを考えても。

 飽きもせず繰り返すその幼稚な仕草や、妙に存在感を放つ縮こまった背中は、私に話しかけてほしいと言っているのだろうか。

 私にそれを求めるのは、お門違(かどちが)いもいいところだと思う。

 話しかけないにしても、キモイだとか、またこっち見てるだとか何かしらの反応を返してくれるということはクラスメイトたちは一応、彼女の存在を認めているということだ。

 が、泉はそんなに優しくない。

 認めるとか認めないとか、そんなことは関係ない。

 泉は面倒が大の嫌いなのだ。

 だれかと共に行動するだけでも面倒だと思ってしまうのだから、べつに彼女だけに限ったことではないけれど、これだけははっきりしている。

 佳乃とは、出来ることなら親しくはなりたくないと思う。


 自分でもよく数えていたなと感心したが、佳乃のちくちく攻撃が十回目を向かえたその瞬間、泉は立ち上がった。

 びくっと佳乃の肩が震えた。

 おそるおそる泉を見上げたその顔に、泉はイラッとした。
 怯えの中に、何処か喜びのような感情を確かに見た。

 話しかけてもらえる、そう心で飛び跳ねているのが手に取るようにわかった。


 残念だったね。


 そう泉は心で呟き、救いのまなざしを平然と無視してドアへと近づいた。
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