キミは聞こえる
「泉ー、お風呂空いたよー」
「あ、はーい」

 友香姉の声がした。

「いまの聞こえた?」
「ああ。おまえ、まだ風呂入ってねーの?」
「うん。入ろうとしたら友香ちゃんが帰ってきたから先にって言った」
「じゃあまだあの団子頭のままか?」
「そうだけど」
「あれ、どうしたんだ? 栗原にやってもらったのか?」
「違う。理事長。好きなんだって、髪の毛いじるの」
「へぇ」
「じゃあそういうことだから、電話、切るね」
「あ、ああ……おやすみ」

 一日を締めくくる最後の挨拶。また明日、よりずっと緊張する。

 三兄弟、小さい頃は一部屋に押し込められていたけれど、悠士が中学、桐野が中学に上がるにつれて一人、また一人と部屋を出て行き、今は三人それぞれの部屋が自分の居場所だ。

 残された康士の私室は半分を康士のスペースとして、もう半分を客間として空けている。

 電気消すぞ。

 悠士の一声で康士と俺は布団に潜り込んだ。

 声変わりが早かった悠士にそう言われると桐野も康士もたちまち身が竦んで反抗の声一つ上げられなかった。
 というか、許されなかった。

 あの頃はまだおやすみなんて当たり前のように言っていたのに、いまはもう滅多に言わなくなった。

 そんなこともあって、妙なこそばゆさを感じる挨拶ではあった。
 特に、相手が代谷ならなおのことである。

「おやすみ」

 一呼吸置いて電話は切れた。

 電話が出来てほっとしたような、ますます不安が募っただけのような、複雑な気分だった。

 残りの水滴を拭き取るため、両手でタオルをがしがしと動かす。
 あらかた乾いたところでドライヤーのスイッチをオンにしたとき、ふいに携帯が光った。

 片手で開くと、友香姉からだった。

 何気なく開いて、絶句する。
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