キミは聞こえる

 しかし、ノブを握ったところでふと思った。

(そういえば千紗たち、部屋の鍵持っていった?)

 部屋を出て行くとき、彼女たちの手にはペットボトルと携帯しかなかった気がする。

 靴箱の上に置いておこうと決めたのを思い出し、横を向くと、案の定そこには鍵が二つ並んでいた。

 今、私が外に出て、ないとは思うけれど、万が一にも佳乃も鍵を持って部屋を出てしまったら。

 彼女たちは部屋の前で閉め出しをくらうことになる。

 泉は唸った。

 かといって、自分は出てくるから、あなたはここに残って、と言うのはあんまりだろう。
 相当ひどいヤツ、と思われるのも迷惑だ。

 しかし……。

(これ以上こんな空気の中にいたら、どうかなるわ)

 苛立ちはいつ怒りに変わるかわからない。その境目なんて泉にはとうてい計り知れないことだ。

 なにせ、誰かにこっぴどく叱られたこともなければ、怒鳴ったこともないし、喧嘩と呼べる喧嘩をしたこともないのだから。


 以前の学校ではみんながみんな見えない壁をつくってうわべだけの関係を築いていた。

 嫌い、好き、というはっきりした感情は欠片にも露わにしなかった。そこまで深く相手を知ろうとは誰もおもわなかったし、仲良くなろうなんて思わなかった。

 そんな時間も、なかったから。

 それに。

 ずっと父と二人でのんびり暮らしてきて、これといってぶつかることもなかったし。

 それぞれの役割と、踏み込まない領域さえ守れば、口論も対立も起きやしない。
 そこそこの平和の中で生活が出来るのだ。

 ふとそこで、泉は思った。

(そこそこの平和……)
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