キミは聞こえる
(そういや、あんとき…設楽のヤツ……なんで…)

 あれはそう……暑い夏の盛り―――中学二年の夏休み。

 首筋をじりじりと焼き付ける容赦ない真夏の陽光と蝉時雨が降り注ぐグラウンドの中央で、桐野は膝に手を着いたまま荒い息を繰り返していた。

 あごからしたたり落ちる汗を拭う体力もなく、あちこちに転がったままのボールの片付けも後回しで、桐野ははやる心臓がせめてもう少し落ち着くまでと太陽を頭上に小休止。

 鈴森町にはめずらしい猛烈な暑さが体力を奪い、このままどろどろと地面に溶けていきそうに思えた。

 やっとの思いで顔を上げて、丸襟を掴み引き上げて汗を拭う。
 腹も胸もびしょ濡れだった。

 はりついた背中が不快で引っぱったら、今度は反対のびしょ濡れ部分がくっついて、どっちにしろ気持ちが悪かった。

 早く着替えよう。

 あたりを見回して、げんなりする。片付けがあったのだ。

 泥と砂に汚れたサッカーボールがコート周辺に散乱していた。そうさせたのは外ならぬ自分だ。

 よろよろと足を引きずるようにもっとも手前にあったボールを拾い上げ左脇に挟むと、次に近くのボールを反対側に挟んで二個。

 足を使いながら素人のドリブルのようにころころとボールを蹴りながら三個。

 ふいにかかとにボールが当たって振り返ると、ゆるい放物線を描いて桐野目がけてボールが飛んできた。

 胸を張ってそれを受け止め、膝で一度弾ませて手でキャッチする。

 このクソ疲れてるときに誰だよ、と舌打ち混じりに視線を向けると、

『お疲れ桐野』
『……なんだ、設楽か』

 学校指定の体操着に身を包み、カバンを肩にかついだ設楽だった。

『なんだとはお言葉だな』

 そばに落ちていたボールの一つをつま先で弄ぶように転がしながら設楽は近づいてきた。
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