キミは聞こえる

四章-6

 病院からの帰り道、もう長袖さえも必要なくなった初夏の陽気に諸肌が照らされる。

 ボーイフレンドデニムに友香と色違いのパフスリーブTシャツ、去年購入した真っ赤なヒール。

 真っ黒衣装は、ようやく着なくてもいいという友香の許可が下りたため、すべて返した。

 ちゃんとした私服での外出は久しぶりだ。

 しかし、向かうのは相も変わらず友香の努める病院であり、用が済んだ今は代わり映えのしない風景の中を一人進んでいる。

 今日も、翔吾は依然として人形のようなままだった。

 ぼーっと窓の外へ視線を向け、テーブルに置かれた昼食に手をつける様子もなく、朽ち果てる時を待つだけの枯れ木のようにベッドに座っていた。

 前回来たときはなかった点滴の管が手首に固定され、頭上近くに袋がぶら下がっていた。
 そこから栄養を摂っているのだろうとはすぐにわかった。ろくすっぽ食事に手をつけていないのだろう。

 前回同様トイレで、泉は研ぎ澄ませた意識の錨(いかり)を翔吾の心に投げ込んだ。

 彼の"声"は虚しくなるほど欠片も引っかからなかった。

 心の海にいくら錨を放り込んでも反応一つない。頭痛に襲われるほど深く、しつこくねばってみても、同じだった。

 よほど深く暗い場所に潜り込んでいるのか、彼自身が無関心という名の海に同化しきってしまったのか。

 手探りに翔吾の心をのぞいても、体力を消耗しただけで、ほんの少しの成果も、なんらかの収穫を上げることも出来なかった。

 いまだ自分の心を開くという感覚が掴めない泉にとって、むやみやたらに頭に言葉を浮かべても翔吾に届くはずはなく、やはり設楽にどうにかしてもらうしかないのかと考えた瞬間、

 二重……いや、三重、四重にもショックが降りかかり、気づかぬうちにどんどん背中は丸くなっていた。

 いかんいかん、年頃の女子としてこの後ろ姿はあまりに醜い。

 すちゃっと起き上がり、陽射しに倒れる影が元の彼女らしくしゃんとしたそのとき、

「あらぁ、泉ちゃんじゃない」
 
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