キミは聞こえる

≪ああもう胸くそ悪っ。面会不可って、他人様の子にいったいなんだってんだよ、ったく。アタシは母親だっつーんだ、クソッ≫

 なんともハスキーな"声"が、泉の頭を強く揺さぶった。

 この時期にはまだ寒いだろうショートパンツにカーディガンを羽織った女は、乱暴にまとめただけの髪を振り乱し、タバコをくわえて、泉のすぐ後ろを通り過ぎていく。

 堆肥のにおいより、よほど不快な臭いだった。

 鼻にまとわりつくようで、軽く咳をしながら鼻先を手で扇ぐ。

 鼓動が速い。

 扇いでいた手を止め、左胸に添える。
 どくどくと、存在を誇示するかのように心臓が音を立てる。どくどくどくどく。
 ひとつ、唾を飲み込む。

 唇をきゅっと引き結んで、動揺を悟られないよう努める。

 桐野母の表情はいまだ険しいままだった。

「どうかされたんですか?」
「泉ちゃん、今の人、誰だか知ってる?」
「さぁ……近所の方じゃないですよね。ご存じなんですか」

 桐野の母はちょいちょいと手招きをすると、遠くなる女の背を睨みつけながら吐き捨てるように言った。

「代谷さんのお家が貸しているアパートの住人の方なんだけどね、名前はたしか……上川って言ったかしら」
「かみかわ、さん」
「そう、上川だったと思うわ。シングルマザーでね、小学校に入ったばかりの息子さんが一人いたと思った」

 途端、泉の脳裏を、一人の少年がよぎった。


 上川。


 息を呑む。


 ――それって、まさか……!
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