キミは聞こえる
泉は米粒ほどになった上川婦人の背中を凝視した。
婦人はやがて角を曲がり、姿を消した。
たしか翔吾の姓も上川だったと記憶している。いや、絶対にそうだ。つい先ほど見てきたばかりで間違うはずはない。
単なる偶然かも知れないが、女は泉と同じ方角から歩いてきた。
そして、言った。
面会不可。他人様の子。アタシは母親。
おもえば、翔吾のベッドの周りには来客から持ち込まれたと思われる見舞いの品がなにひとつ置かれていなかった。
あの年頃ならせめて、親か祖父母の持ってきたおもちゃの一つでもなければ逆に不自然だろう。
―――……隔離されている、ということか。
もしあの女が本当に翔吾の母親であるとするならば、彼女は翔吾の母親であると認められながらなんらかの事情により息子への接触を許可されず、翔吾は病院側、あるいは児童相談所職員によって法律的に保護されているという立場にある。
「夜の仕事だかなんだか知らないけど、昼間から男の人家に連れ込んでさ、まったくとんでもない母親よ。息子ばっかり可哀想よね。ろくすっぽまともな食事を与えてなかったらしくて、ついこの間だったかしら、ずっと通いつめていた児相の人が若い職員を連れてきて、とうとう強引に息子を引き離していったわ」
連れて行かれたっていうのに堂々とタバコは呑むわ時間を考えずに酒は煽るわ、そのへんに灰を落としていく様ったらまぁ見られたもんじゃない。
唾をまき散らさんばかりの勢いで桐野母は毒づいた。
話を聞きようやく、翔吾が何故ああも心を閉ざさなければならなくなったのかわかった気がした。
「それで、その小学生の息子さんはどちらに? 施設、でしょうか」
「ううん、違うらしいわ。母親に殴られた傷はひどいわ、風邪だと思ったら実は肺炎だったとか、栄養失調にもなっているとかで、まっすぐ施設には入れなかったみたい。噂では友香ちゃんの勤め先に一時的に入院しているとか」
やはりそうか。
上川翔吾は、翔くんは、紛れもなく今さっきここを通り過ぎた女の息子だ。
「そんな……ひどい……」
心からの思いだった。
気づけば、そう言葉がこぼれていた。
婦人はやがて角を曲がり、姿を消した。
たしか翔吾の姓も上川だったと記憶している。いや、絶対にそうだ。つい先ほど見てきたばかりで間違うはずはない。
単なる偶然かも知れないが、女は泉と同じ方角から歩いてきた。
そして、言った。
面会不可。他人様の子。アタシは母親。
おもえば、翔吾のベッドの周りには来客から持ち込まれたと思われる見舞いの品がなにひとつ置かれていなかった。
あの年頃ならせめて、親か祖父母の持ってきたおもちゃの一つでもなければ逆に不自然だろう。
―――……隔離されている、ということか。
もしあの女が本当に翔吾の母親であるとするならば、彼女は翔吾の母親であると認められながらなんらかの事情により息子への接触を許可されず、翔吾は病院側、あるいは児童相談所職員によって法律的に保護されているという立場にある。
「夜の仕事だかなんだか知らないけど、昼間から男の人家に連れ込んでさ、まったくとんでもない母親よ。息子ばっかり可哀想よね。ろくすっぽまともな食事を与えてなかったらしくて、ついこの間だったかしら、ずっと通いつめていた児相の人が若い職員を連れてきて、とうとう強引に息子を引き離していったわ」
連れて行かれたっていうのに堂々とタバコは呑むわ時間を考えずに酒は煽るわ、そのへんに灰を落としていく様ったらまぁ見られたもんじゃない。
唾をまき散らさんばかりの勢いで桐野母は毒づいた。
話を聞きようやく、翔吾が何故ああも心を閉ざさなければならなくなったのかわかった気がした。
「それで、その小学生の息子さんはどちらに? 施設、でしょうか」
「ううん、違うらしいわ。母親に殴られた傷はひどいわ、風邪だと思ったら実は肺炎だったとか、栄養失調にもなっているとかで、まっすぐ施設には入れなかったみたい。噂では友香ちゃんの勤め先に一時的に入院しているとか」
やはりそうか。
上川翔吾は、翔くんは、紛れもなく今さっきここを通り過ぎた女の息子だ。
「そんな……ひどい……」
心からの思いだった。
気づけば、そう言葉がこぼれていた。