キミは聞こえる
とっくに板書を写し終わってうつらうつらしながら教科書をめくっているとチャイムが鳴った。
「合宿中はテキストを使うので教科書は不要です。では今日はここまで」
「起立。礼」
「終わったー!」
担当教師が教室を出ていった次の瞬間、ななめ前から跳ね上がるような声が飛んだ。
「うっせーよ、桐野(きりの)ー」
「だってやっとメシなんだもん。もう腹ぺこ。ムリー」
襟足が肩まで伸びた、男子の中では長めの頭髪がふわりと浮いた。ぐったりうなだれる桐野の周りにはぞろぞろと男子が集まってくる。
桐野はクラスの人気者だ。
というより、学年をとおしての人気者である。
そこそこに背が高く、細身で、笑うと目が完全な曲線になる。甘系フェイスと人懐こい性格ですごく人付合いがうまい男だ。
ほとんどが地元の者ばかりだという鈴森南高校は学年の三分の二が幼いときからの顔なじみらしい。泉のようなまるっきりのよそ者はほんの一握りしかいないと友香に聞いた。
みんな進学する前から友達なのだ。
その中でひときわ輝く存在が桐野。クラスメイトじゃない生徒から声をかけられているのを何度も見たことがある。もちろん男女関係なく。
たぶん、小さいときから常に中心的存在だったのだろう。人のよさがうかがえる。
ふいにどっとにぎやかな声が弾けた。
一方で、いくら小さい頃から知っているといってもこまごまとしたグループしか作らない女子たちは、はっきりと相手とを隔てる壁が出来ている。
ここから先は私たちの領域。グループ違うんだから入ってくんな。
見えない外壁はそう言っている。桐野を中心として一つの団体をつくっている男子とはえらい違いだ。
いや、桐野だけのおかげではないかもしれない。そう、男子の生まれながらの性格にもよるのではないだろうか。
いくらやろうと思っても、一人でここまでまとめるのはなかなかに難儀だ。
この団結力はとにかくすごいと思う。
そのあたりはずっと女子ばかりの中で生活してきた泉にとってとても興味深いものだった。
一人机に座ったまま昼休みのクラス風景を見渡すのはなかなかに面白い。
しかし、その中で。