キミは聞こえる
 桐野はばっと振り向いた。

「……あれ、当たり?」
「なんで、わかんだ……?」
「なんとなくそんな気がした」
「そ、か」

 抱いていた膝を下ろして桐野は胡座(あぐら)をかいた。膝と肘が泉の身体に触れて「あっ、ご、ごめん」と謝り、元に戻す。

「いいよ別に。楽にしてくだされ」

 泉はすこし桐野との間隔を空けて座り直した。

「どうして競ってるってわかったんだ?」
「イライラしてる目が、私じゃない誰かを見てるような気がした」
「すげぇな」
「なにが?」
「そこまで観察してるって、さ」
「集中するのだけは得意だから。あのさ、競争相手がいるって、そんなに辛いこと?」

 涙が出るほど悔しくて、憎らしくて、不安に心を蝕まれるほど苦しいことなのだろうか。

「競えるヤツがいるってことは自分のためになることだから幸せなことかもしれねぇ。……けど、背中を追いかけ続けるだけってのは、許せねぇもんがあんだよ」

 胡座の上、がちがちになった握り拳を、もう一方の手が筋張るほど強く覆い、桐野は確かに何かを耐えていた。

 懸命に、必死に。

「そう思えるのは、頑張ってる証拠」
「頑張ってんのになんで結果が着いて来ないんだ……」
「そんなに簡単に追い越せる相手?」

 桐野は眉間に苦々しいシワを寄せ、二呼吸分ほど黙してから、「無理だな」と弱々しくこぼした。

「そうわかってても諦めないから、桐野くんはこうしてまだボールを蹴ってる。競争相手がいる。それだけで桐野くんにはこれだけの力になってる。努力は、無駄にならない。いずれわかる」

 目標とする者がいる、
 ライバルがいる、
 奮起する強さがある、
 悔しがって涙を流せる、

 桐野には間違いなく力がある。

 ここまででいい、
 それ以上は求めない、
 これで充分、

 何事においてもほどほどの線を引いてその場を維持しようとする自分とは違う。
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