キミは聞こえる
 無限の可能性を秘める彼の弱さを取り除く手助けが出来たなら。

 不安を少しでも和らげてあげられたなら。

 柄にもなく、泉はそう願った。

「ほんとに、そう思うか?」
「口先だけの言葉って、それらしく言われても嘘っぽいなぁって感じない?」
「は? ……あ、ああ、そうだな。うん」

 一瞬なにを言われたのかわからない様子の桐野だったが、泉の言いたい意味を理解すると、ありがとな、とふっと口もとをほころばせた。

「おまえは、いないのか? つーか、いなかったのか?」
「なにが」
「競う相手」
「いなかった」
「まさかずっと一番だったとか!」
「そんなわけない。ずーっと二番。一度三番に落ちたことがあったけど」
「そ、それでも俺には到底無理な順位だな……」

 天を仰ぐように桐野は視線を橋の裏に向けた。

「一番の子は圧倒的だった。十点以上の差をつけて、ダントツの一番を誇ってたから」
「だからはなから勝負する気がなかったのか?」
「そうじゃない。一番の子がどうだからとかじゃなくて、私にはそもそも闘争心がない。興味が湧かないの」
「テストだけにかかわらず、か?」
「そう」

 言ってて虚しくなってきた。

 風にも雨にも雪にも負けず、うだる暑さの日でも精進を怠らない。

 自らを貫き、高みを目指してひたむきに訓練を積んできた桐野の過去に触れた後だからなおのことなのだろう、

 胸にぽっかりと空いた空洞をひゅうひゅうと風が吹き抜ける。

「二番で悔しくなったりしないのか」
「栄美では二番でも充分栄誉ある順位なの。だからってわけじゃないけど、悔しいなんて思わなかった」
「それはそれですごいな」
「なんで?」
「動じないってことだろ、どんなときでも。それに、ひたすら同じ位置に居続けるってのもなかなか出来ることじゃねぇじゃん」


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