キミは聞こえる
「知ってるやつらなのか」

 声をひそめて小野寺が尋ねる。

「ううん、全然」
「ならいったいなにを……」
 
 走り去る車を見送り、泉と小野寺は電柱を離れた。

「突然ごめんなさい。痛かった?」
「いや、それはいいんだが……ああいうのをのぞき見るのが好きなのか?」
「……………そんな趣味の悪い人間ではないつもりです」

 見た目と翔吾の年齢を考えると、女のほうがいささか下だろうか。

 夫婦には見えなかった。

 よもやあのような高級車を乗り回す男が夫ならばそもそも夜の仕事など持つはずがなく、翔吾も虐待されたりしないだろう。

 ということは……店の客か。

「小野寺くんは何故ここに」

 別に知らなくても構わないが、流れとしてここはこう返すべきところだろう。

「家に帰る途中だ」

 そうなのか、以外の言葉が思いつかない。

 なにせ小野寺と口を利くのはこれがはじめてのことである。
 軽々しく会話など出来ない。

 小野寺も多少の抵抗があるのか、佳乃と話していたときのように滑らかに舌は動かず、どこか固い口ぶりである。

 ならばもう話はこれで終わりだ。伸びしろもない。

 それに、そうそう帰って来ないとは思うが、これから実行しようと思っている作戦を誰かに見つかったらいささか問題である。

 呑気に世間話をしている暇などない。

 さっさとやること片付けて、家に帰ろう。

「そうなんだ。じゃあ私はこれで」

 軽く頭を下げて踵を返したとき、


「―――栗原のことだけど」


 唐突に小野寺は言った。

< 418 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop