キミは聞こえる
 小野寺が去ってから、泉は改めてアパートに向けて足を動かした。

 吹きさらしのドアが並ぶ。とりあえず一階からだろう、と一階廊下を歩いてみる。

 階段側から、数えて五番目の部屋のドアに上川という名前を見つけた。
 ここだ。

 ドアポストにはべろーっと舌を垂らしたように広告が挟まれていた。

 しゃがみ込んで、それらをめくっていく。

 ピザ屋、レストラン、健康食品。

 そこまでは代谷家にも頻繁に配られてくるなじみ深い案内広告だったが、そこから―――塾、家庭教師、通信教育教材と、この家に子供がいることを前もって調査している者たちからの広告が続き……

 そして……、


(スポーツ少年団、サッカーチームの入会ご案内……?)


 もっとも興味を引かれたプリントを引き抜き、広げてみる。

 練習場所の指定は鈴森南第三小学校と記載されていた。

 おそらく、その小学校の生徒を対象としたクラブのようなものなのだろう。栄美の初等部にはこういったものが一切なかったからどうにもよくわからないけれど。

 見れば、同じチームの入会案内が他にも―――イラストを季節に合わせて作り替えたものだろう―――二枚ほど入っていた。

(翔君は、サッカーが好きだったのか?)

 主催者は稲森忠道となっていた。知らない。

 プリントがこうもしつこく届けられるということは入会はしていないということだ。

 まぁそうだろう。
 苦しむ息子を放ったまま平気で男と遊びに行くような女である。

 ましてや食事さえ出していなかったという話だ、サッカーのための金などびたの一文だって出すはずがない。

 病院に連れ戻しに行ったのは、家庭内の事情がこれ以上表沙汰になることを防ぐためと、入院費請求を避けるためであろう。

 考えただけで頭が痛くなる。怒りを通り越し、呆れてため息がこぼれた。

 そのとき。

 ふいに足音が聞こえた。
 誰かが来る。

 慌ててプリントを元の位置に戻し入れる。足早にアパートから去ろうとして、突然道を塞がれた。

 おもわず息を呑んだ。



「―――き、桐野くん」
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