キミは聞こえる
「でもどうして上川さんのことをお孫さんでもない泉さんが気にするの?」
「先日、はとこが勤める病院でたまたま上川翔吾君という男の子に会いました。ひどくぼんやりとしていて、なにを言っても表情一つ動かないものですから気になって。今、偶然上川という名を耳にしたので、もしかしたらと思い……すいません、盗み聞きするつもりはなかったんですけど」
「そうだったの……。ああいいのよ、気にしないで。おそらくこのあたりで上川と言えばあの家で、どんなことが起きてるかっていうことを知らない人はいないはずだし」
「そうなんですか?」
「ここは田舎だもの。昔からのご近所づきあいが濃いからなにかあるとあっという間に広まっちゃう。五軒に一人はスピーカーみたいなおばさんがいるから」

 途端、泉の頭には桐野の母が浮かんだ。

 矢吹母が言うところのスピーカーおばさんとはおそらく彼女のことであろう。

「急にきつい顔になってしまってごめんなさい。仕事が仕事なものだから、口を出されるとどうしてもついね。私、こういうものなの」

 女が差し出した名刺を受け取ると、そこには。

「児童相談所にお勤めなんですか」

「そう。それでね、よくあるのよ。連絡をもらって私たちがご自宅に向かうでしょう。そうすると、後日、私を見たっていうおばさんがなにがあったのかって興味本位で訊いてくるの。教えられないって言うんだけどしつこい人はまあしつこくて」
「そうだったんですか。すいません、余計なことを言って」
「もう諦めてるからいいのよ。私たちが手をこまねいている間に、地獄耳のおばさんたちは独自に情報を掴んでしまうもの。口に戸は立てられない、仕方ないわ。……翔君、やっぱり元気なかった?」
「元気がないというか、元気がないのはそうなんですけど、なんだか生気を感じられなくて……。前に見たときはなかった点滴が、ますます細くなった腕につながれてるのに気づいたら、もう見るに堪えなくて」
「そう……」

 矢吹の母の目には心から翔吾を哀れみ、慈しむ母の愛が宿っていた。
< 428 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop