キミは聞こえる
「代谷さん……」
「あいつは、周囲がおまえへの接し方を変えるいいきっかけになる。代谷はおまえを守ると言った。だからおまえも代谷から離れるな。過去を見ず、いまの、ありのままのおまえだけを見て、堂々と真正面から向き合ってくれるあの女から手を離すな」

 両肩を掴んで揺さぶる小野寺に、佳乃は何度か鼻をすすり、しゃくり上げながら頷いた。

「う、ん……ッ」

 涙が止まらない。

 胸が張り裂けそうなくらいに痛い。

 ……こんなに幸せでいいのだろうか。

 私なんかが、という言葉は禁止と小野寺に決められたけれど、浮かばずにはいられない。

 幸せで、幸せで、あんまり幸せすぎて、明日を迎えるのが少しだけ怖くなる。

 眠りが覚めたら、またいつもの目で追うばかりの日々に戻ってしまいそうで。

 ―――だから。

 これが本当に現実であることを確認するために、佳乃ははじめて自分から小野寺の手を掴んでみた。

 もしこれが夢ならば、彼に触れることになんら支障はない。

 どきどきしながら反応を待つ。

 すると小野寺の大きな手は、佳乃の手を振りほどくでなく、しっかりと握り返してくれた。

 佳乃を安堵させるように、小野寺は力を込めて佳乃の手を握りしめる。

 手の平に感じる触れあっているという人の温もり、そして彼の手に包まれているという確かな圧。

 夢ではないのだと、あらためて佳乃は涙をこぼす。

 小野寺の手首に結ばれたミサンガの白糸が、夕陽を受けてきらきらと輝く。


 佳乃が泣き止むまでの間、小野寺はずっと荒っぽい彼流のやり方で佳乃の顔を拭った。


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