キミは聞こえる
 テスト返却による開放感か、それとも、テストという第一関門を突破したことでいよいよ本格的に大会を意識するようになったか、もしくは両方か、

 グラウンドへ、あるいは体育館へ向かうそれぞれの生徒たちの顔つきはいつもとどこか違って見えた。

 終了の合図と共に吹き鳴らされたホイッスルが桐野の鼓膜を揺すったとき、彼の身体はいつも以上の酷い疲労感に見舞われていた。

 思わずその場に座り込んで、肩で大きく息をした。

 今日はひたすらがむしゃらに練習に打ち込んだ。

 普段以上に熱心に、己を痛めつけるくらい烈しく、雑念が割り込む余地もないほどに必死になった。

 なまりのようにずしりと重い身体は、まるで自分のものではないような気がした。

 ……それもこれも全部あいつのせいだ

 ―――敏感にあいつの手首に反応した仲間たちに、早速ちょっかいをかけられている群れの中心、小野寺敦。

 羨ましい。嫉ましい。苛立たしい。

 祝福する気持ちを遥かに凌駕する荒々しい感情が、桐野の腹の底でどす黒い渦を巻く。

 それらを忘れるために、また、周囲に動揺を感づかれないように、躍起になって練習した。

 小野寺に出端をくじかれたことで調子が狂ったなんて、小野寺本人に知れればそれこそ一生の恥だし、貴重な練習時間に私情を挟んでいることがばれればコーチになにを言われるかわかったものじゃない。

 片付けが終わって、各々教室へと下がっていくチームメイトらを横目に、桐野は彼らとは逆方向へと足を進めた。
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