キミは聞こえる
「それはこっちの台詞だ。おふくろが連れ帰れと言うから仕方なく一緒に帰ってやるんだ。さっさと着替えてこい」

 足を器用に使ってボールを宙に上げる。両手でキャッチして、桐野は尋ねた。

「なんでおふくろが?」
「おまえが勉強をしないから。遅く帰ったことを理由にして、飯をろくすっぽ食わずにカップ麺を開けるのが気に食わないから」

 口の中で舌を打つ。

 やはり、ばれていたのか。

 見えないように押しつぶしてゴミ箱の奥の奥へと押し込んでいたつもりだが、買ってきているのはおふくろなのだ。

 ゴミを捨てるのも、おふくろの担当だ。

 カップ麺一つにしても、ソーセージ一本にしても、すでに空いているペットボトルのジュースにしても、減ったことなどすべてお見通しというわけである。

 ここ数日、家族と顔を合わせるのが億劫で、避けているところがあった。

 勉強をしなければとは思うのだが、時間通りに帰れば食卓に無理矢理でも座らせられてしまう。

 別に、家族の誰が嫌でとか、何か不満があるからとか、誰かと喧嘩をしているからとかではない。

 ただ、「なんであんたそんなに不機嫌なのよ」とか「いつも女子ばりにうるせぇ兄貴がどうした」とか「具合でも悪いのか」とかけられる言葉という言葉がいちいち癪に障るのだ。

 だから、たまらず勉強時間返上で練習に励んだ。

 賑やかな家族は、厳格な家庭よりかはきっと居心地はいいはずだけれど、何もかもオープンで、遠慮がなく、いささかプライバシーに欠けるというのは問題だと思う。

 おまえはきっと口から生まれてきたんだろうな、とまで言われることのある桐野だけれど、たまには静かに飯を食いたいし、一人になりたいときだってあるのだ。

 かまって欲しくないときなど誰にだってあるだろう。
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