キミは聞こえる
 それより―――

 ……悠士の言い方が、桐野は気になった。

 遅くなったことを理由にして、ということはつまり、家族と食卓を囲みたくないという桐野の胸中を、悠士かおふくろが見破っているということだ。

 横目に悠士を睨みつけると、なんだその目はとでも言うようにじろりと鋭い視線を返された。

 いまいましげにため息を吐く。

「……わかったよ。飯の時間に間に合うように帰る。だから兄貴は先に帰って―――」
「連れ帰れと言われた。俺に指図する権利などおまえにあるはずがないだろう。さっさと着替えてさっさと出てこい」

 問答無用でボールを奪い取られ、挙げ句アゴで指図される始末だ。

 ……ちくしょう。

 一歳しか違わないくせにどこまでもでかい面しやがって。

 兄貴面もここまで来るともはや憎らしさしか感じない。

 頼りがいがあるとか、たくましいとか格好いいとか、そんな感情はとうの昔に捨て去っているけれど、今、あらためて桐野は胸に刻んだ。

 今後一切、そのような憧れや尊敬といったきらびやかな感情は絶対に持ち合わせてやるものか、と。

 悠士は兄弟愛なんてものとは無縁な男だ。

 愛など友香姉に対してしか持ち合わせていないのだろう。

 踵を返すとき、勢いに任せて悠士の足元に砂をかけてやろうかと一瞬、心に悪魔が顔を覘かせたけれど、

 そんなことをしても悠士はきっとほんのすこしも表情を変えることなく、ただじっと冷ややかな視線を投げてくるだけだ。

 そして、怒鳴りつけられるよりもっと質の悪いこと―――鼻で嗤って、「ガキだな」と言うように蔑んだ目で弟を見て、うっすら口角を歪めるのだ。

 敗北を感じるのは桐野自身だとわかっている。
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