キミは聞こえる
 ならばはじめから愚かな行為に走るべきではない。

 ……我慢することも、強さだ。

 耐えることが、唯一悠士との勝負で引き分けに持ち込む方法である。

 桐野は校舎に向かって駆けた。

「桐野君、あの―――」

 途中、背中に自分の名を呼ぶ女子の声がかすめた気がしたけれど、無視した。

 脇目もふらず教室に飛び込むと、破く勢いでワイシャツの袖に手を通し、引き千切れんばかりにボタンをしめ、ズボンを履き替え、カップ麺が出来上がるより早く校舎を後にする。

 昇降口であたりを見回すと、門のところで、夕陽を背に悠然と佇むふてぶてしい男がいた。

 駆け寄ると、いきなり悠士から拳を突き出された。

 殴られる、ととっさに身構えてしまい、なにしてんだよ、と冷静に突っ込まれた。

 「ほら」と手渡されたものは、黄色とオレンジの夏色がなんとも目を引く鮮やかなミサンガだった。

「は? なにこれ。兄貴にもらってもちっとも嬉しくねーんだけど」
「俺が用意すると思うか。さっきおまえがシカトした女に渡してくれって頼まれたから仕方なく受け取ってやった。ほら」

 ―――見てたんだ。

 とんっと胸を拳で小突かれた。

 悠士の手からミサンガがひらりと放れ舞う。

 悠士の手の下で受け止めて、ぼんやりとそれを見下ろす。

「兄貴なら―――こんなとき、ミサンガ…結ぶか?」

 傍らを通り過ぎながら、悠士は揺るぎない口調で言った。

「友香以外の女になど興味はない」

 ………だよね。

 だから武士かって……。

 恥ずかしくもなくあんまりはっきり愛を見せつけられて、おもわず桐野が苦笑する。

 悠士らしい返答だ。

 というか、それ以外なんてないのだろう。

 これからも、この先も、きっと一生変わることはなくて。

 愚問だった。

 わかっていた。

 だけどその、一途で、堅固で、呆れるほど真っ直ぐな意思を、今は何故か無性に聞きたかった。

 興味はない。彼女以外の女になど。

 俺だって、と思う。


 ……俺だって、一途を貫きたい女が、たしかにいるんだ。
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