キミは聞こえる
「―――おまえ、泉ってヤツにマジなのか」
不意に立ち止まった悠士が、前を見たまま唐突にそう尋ねた。
「……だったら、なに」
「あの手は、むずかしいぞ」
ふと悠士が首を捻った先、代谷家の二階、奥の部屋から灯りが漏れていた。
開いた窓からカーテンが緩やかにたなびいて、そよ風が軽やかなメロディを乗せて二人のもとへと舞い降りる。
「これ、なんだろ…ピアノ?」
そういえば代谷はこの前の電話でピアノを弾いていたと言っていた。
修理に出していたものが返ってきたのだと。
「友香姉のなのかな」
「泉の母が遺(のこ)した物だそうだ」
「友香姉から聞いたの?」
「ああ。―――進士」
久しぶりに悠士に名を呼ばれてどきっとした。いつもおまえとかてめぇばっかりなのにどうしたことか。
「なに?」
「好きになるのは、おまえの自由だ。だが、半端な感情で、泉を振り回すことだけはやめろ」
鋭いところは相変わらずだが、彼の視線はいつものそれとどこか違って桐野の目を射貫いた。
「……兄貴にとやかく言われる筋合いなんかねぇ」
先を行こうと止めた足を動かすと、
「泉は、俺らとは違う」
「……どういう意味だよ」
肩越しに振り返る。
「住む世界が違うって言いたいのか?」
「そうじゃない。あいつは、俺たちと生きてきた環境が違う。だから必然的に感じ方や捉え方が違う部分も出てくるだろう」
「なにが言いてぇんだよ」