キミは聞こえる
 吐き出す声が心なしか震えていた。

 悠士は桐野を真っ直ぐに見つめ、一度ゆっくりと瞬きをしてから、一言一句聞き逃させないよう切るところは切って、重みのある声音で言った。

「一時の気の迷いで、泉の心を弄ぶことだけは、絶対にするな」

 さも俺のほうがおまえより何倍も代谷のことを理解しているんだ、と自慢するような口ぶりで悠士は言うと、いまいちど開け放たれた窓を泳ぐカーテンに視線をやった。

 目線を帰路に戻し、わかったらとっとと歩け、と桐野の背を押すと、さっさと追い越していく。

 角を曲がり、我が家のビニールハウスが見えてきた。

 家はそのちょうど裏にある。

 本来ならば、正当な道として、この先の車一台通るのがやっとな細い道路を進むべきなのだが、そこは彼らだからこそ許されるハウスの横切り、いわゆるズルをして、一直線に家にたどり着く。

 ハウスの中はまるで蒸し風呂だ。昼間の熱気を充分に吸い込み、まだほとんど抜けていない。

 おかげで収穫し忘れたほうれん草が小さな木のごとく大きく成長してしまっている。ああなってはもう美味しくない。

 出口の戸を悠士が掴んだところで、桐野が動いた。

 悠士の肩を掴み、力任せに自分のほうへ向かせる。

「……気の迷いなんかじゃないッ。弄んでもいないッ。俺は、俺なりにあいつのことをわかろうと頑張ってんだ!」
「……」
「それなのになんだよ……聞いてれば環境が違うだ、感じ方が違うだって……んなことは近くで接してる俺のほうが兄貴よりずっとよくわかってんだよ!」

 絞り出すようにそう言い放った次の瞬間、

 悠士の目つきがいつにも増して鋭くなった。

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