キミは聞こえる
「ほんとうか?」
「……あん?」
「ほんとうに、あいつのことをわかっているのか―――

 いや、わかろうとしているのか」

 射すくめるように見下ろしたまま、悠士は静かな声で問いかける。

「どういう意味だよ」

 悠士ははぁと嫌みたらしく息を吐いた。

「泉は、俺たちがあたりまえだと思って過ごしている毎日と違う中で生活してきた。そこいらの女と同じように見ているなら、おまえには到底あいつを理解することは出来ない」
「同じようになんて見ていない。……兄貴は、いったいなにが言いたいんだよ! 俺が代谷のことを思うのがそんなにおもしろくねぇのか!? 友香姉一筋のクセに他人の恋路に難癖つけんなッ」
「誰が貴様の恋路なんぞに興味があるか。俺はおまえと泉のために言ってやってるんだ」
「自分の言ってることがなにもかも正しいと思うな! 俺を見下すのもいい加減にしろ!」

 声を荒げると悠士の眉がぴくりと不吉な動きをした。

 ぎろっと、猛毒を持つコブラのような目で悠士は弟を睨みつける。

「相手の言葉をよく聞きもせずそうやってすぐに声を上げる。俺は兄弟だから許されるがよもや惚れた女の前でもそんな態度を取っているんじゃないだろうな」
「……っ!」

 悠士に言われた瞬間から、思い当たる場面が次から次へと脳裏を過ぎり、言葉に詰まった。

 図星か馬鹿め、と鼻を鳴らし、悠士はハウスの戸を開けてさっさと出て行った。

 荒々しく戸を閉めて、桐野は怒りのすべてをぶつけるようになにもない地面を蹴った。

 巻き上がった砂が風に乗り、塵のように細かくなって夜の闇に消えていった。
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