キミは聞こえる
 急に舌が滑らかになったかと思えば康士は、兄を見上げてとんでもないことをさらりと訊いてきた。

 まさかこいつにもばれていたのか!

「!? はっ、は、はぁっ!? おっ、おま、なに言ってンだよ!」
「見てればわかんもん。にーちゃんが好きなら俺はただの憧れで留めておける―――まぁ今は、だけど」

 設楽ははなから眼中になかったが、真のライバルはやつではなく、己の最も近くにいたらしい。

「……いまは?」

 聞き捨てならない部分を敏感に問い返す。

「にーちゃんが本気じゃないなら俺も本気出すってこと。これでも中学ではそこそこ人気なんだぜ俺、自分で言うのもなんだけど」

 ほんとだ。兄として聞いてるのが恥ずかしい。

「代谷さんはにーちゃんのことけっこう気にしてるっぽいけど、年下OKって言ってくれたし。あとになって譲ってくれって言われても遅いからね」

 びしっと人差し指を桐野の鼻先に突きつけて、宣戦布告するように康士は言った。

「とまぁそういうわけだから、覚えておいてくれよな。さー飯だメシっ」

 うーんと伸びをしながら、玄関へと続く石畳を踏み進む康士を、桐野は呼び止めた。

「康士」
「なに?」

 肩越しに振り向いた康士の瞳を見て、自然桐野も表情を改める。

 お互い常の馬鹿っぽい笑みはなりをひそめ、康士ならば試合中打席に立ったときのよう、桐野ならばゴールの前で構えているときのよう、

 絡め合う双眸はおそろしいほどに真剣だった。

「てめぇにだけはぜってぇ譲らねぇ」

 そのとき桐野は、自分でも驚くほどすんなりと浮かんだ言葉が声になった。
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