キミは聞こえる
 せっかく掴んだ幸せを、目覚めれば消えて無くなるような一時の夢とするのではなく、

 これまで陰で見守り続けてくれた彼を今度は佳乃が支える立場となり、お互いがお互いを助けることでよりいっそう二人の絆を強め、永遠の柱を築いていって欲しいと願う。

 私なんてと、自分のつま先ばかりを見てきた佳乃は、自分には幸せになる資格がないのだと半ば諦めている節があった。

 しかし今回のことで、そんなことはなかったのだと考えを改めてくれただろうか。

 顔を上げてもいいのだと、前を向いて歩いてもいいのだと、そんなふうに思ってくれるようになったのなら、どんなにかいいことだろう。

 泉の言葉に、佳乃は照れくさそうに、けれど幸せそうに、…うん、と言った。

 おそらく今日、小野寺選手の手首には佳乃があげたというミサンガが固く結びつけられていることだろう。


 出てきたぞ。


 ―――誰かが声を上げた。にわかに客席がそわそわしはじめる。


 やがて泉たちのいる席からも選手陣の頭が見えてくるようになると、それまでのざわつきとは比べものにはならないほど声という声が天へ飛び、空気を動かし、会場が揺れた。

「きゃーっ、桐野くーん!」

 どこのどいつだ、おもいきりバカを晒しているのは。おもわず探したくなった。

 だが、その一声をきっかけとして同じような桐野コールがあちこちから聞こえるようになったため、特定が難しくなった。

 ひときわ髪色の薄い男がユニフォームに身を包んでコート中央へと進んでいく。
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