キミは聞こえる
 ボールを奪ったのは小野寺だった。

 傍らをただ通りすぎたようにしか見えなかったが、運動凡人泉の目では追いつけない動きを見せたのだろう、

 鈴南が保守するゴールまでもうあと一歩というところまで敵が迫り、キーパーが身構えたところまではわかったのだが―――

 気づけばボールは小野寺の足に渡り、彼の物がごとく操られていた。

 おおっ、と感嘆の声があちこちから湧き上がる。

 佳乃は興奮して口を押さえ、んー! と声を上げながら瞳孔を開き、穴が開かんばかりにコートに釘付けになっている。

 今の場面こそ「きゃー」と騒ぐべきところなのではないだろうか。

≪行け! 桐野!≫

 小野寺の声が泉の頭をかすめた。

 と同時にボールが宙を鋭いスピードで駆け抜け、まるで落ちる位置を予測していたように追い付いた桐野の胸にボールがあたった。

 ボールは桐野に託された。

 客席から一斉に黄色い声が飛び、渦となりやがて夏空へと吹き上がる。

 小野寺の声は桐野に、頼んだぞ、という引き継ぎの意思を伝えるものであり、力強いその思いからは桐野に対する熱い信頼がはっきりと感じられた。

 散らばっていた相手チームの駿馬がごとき選手たちが早くも、はるか先を突き進んでいた桐野の後ろをマークしている。

 しかし、桐野の足も負けてはいない。

 突き放すことは出来ないまでも、懸命なその走りに相手選手は着いていくだけで精一杯だ。

 胸が急く。

 テレビで見ていると、コートなどおもちゃのそれのように狭く感じられるけれど、いざ会場まで足を運んで見てみるとその広さたるや圧倒されるものがある。

 よく体力が着いていくな、とつくづく感心する。
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