キミは聞こえる
 キーパーが前に出てきた。

 桐野とキーパーとの一騎打ち。

 が、そこは桐野、悠士と同じ軽やかな身のこなしで、襟足を翻しながら颯爽とキーパーをかわし前へと躍り出る―――


 抜けた。


 勝利が見えた瞬間だった。

 観客全員が立ち上がり、一方は歓喜の叫びを、敵方の応援陣は非難混じりの怒声に近い声をあげた。

 ぶつかり合う声という声が会場を揺らす。

 桐野の足が力強くボールを蹴りつけた。

 空を切り、風を唸らせ、ボールは一直線にゴールへと突っ込むと、ネットにその身を押しつけた―――

 と、誰しもが思い描いていた当然の一コマを、相手チームのずば抜けた俊足が回避した。

 桐野の栄光を、男は足一本で無惨にも奪い取ったのである。

 スライディングをしながら、桐野の影から現れた別のユニフォームがボールとともに彼の視界を横切った。

 思わず息を呑んだ。

(危ない……っ!)

 全身を悪寒が駆け抜けた。

 桐野の身体が不吉に強ばるのが客席にいる泉にまでわかった。

 突進を避けるため、桐野は自身に無理な制御をかけたようだった。

 スパイクで千切れた芝が舞い、桐野の上半身が目の前をすり抜ける男を庇うように曲げた指の形に前のめる。

 とっさに反応した桐野のおかげか、それとも男の動きがもはや神業の域なのか、男は地面すれすれに倒した身体を勢いと共に起き上がらせると、

 危うく大惨事になっていたかもしれない状況にあったことなどすでに過去のこととするように、桐野に背を向けゴールへと突っ走る。

 盛り上がる二色の声が、今の一瞬の出来事によりがらりと逆転した。
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