キミは聞こえる
 泉から心を結んでいるわけではないのに、自然と流れ込んでくるとてつもなく大きななにかが彼女を冒す。

 佳乃から手を離すと、泉はふたたび胸の前で両手を重ね、眼球を押しつけるようにまぶたを強く伏せた。

 彼の心へ続く道はすでに出来ていた。

 泉自身が苦しみから逃れたいからではなかった。

 泉はただ、桐野の心を軽くしてやりたいと思った。

 と言っても、自分になにが出来るわけではないし、桐野の心だけは絶対にのぞいてはならないとさんざん自分自身に言い聞かせてきた。

 けれど、なにかせずにはいられなかった。

 踏み込んだ桐野の心はまさに怒濤の嵐。

 黒々とした先の見えない竜巻が彼の中を暴れ回る。

 肌を切り肉を裂かんばかりの風が吹き荒れ、壁となり、これ以上の泉の侵入を拒む。

 拳を握る手に力を込めて、泉は祈るように頭に言葉を浮かべた。


≪負けないで≫


 ……これ以上、感情の波に呑み込まれないで。

 心を鎮めて、いつもの桐野君で、試合に臨んで。

 気のせいかも知れない。

 けれど一瞬、狂ったように暴れる竜巻が一瞬、ほんの一瞬だけ、揺らいだような気がした。


≪だいじょうぶ≫

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