キミは聞こえる
 そのときだった。
 驚いたように桐野がこちらを見た。

 交差する視線の確かさを、泉は感じた。

≪し、ろ、たに……?≫

 ふっと身体が軽くなる。

 それはそのまま、桐野の心を黒く染める暗雲に切れ間が生まれたことを意味した。

≪なん、で…いま、代谷の声がした気が……≫

 桐野の顔に困惑の色がちらつく。

 このチャンスを逃してはならないと思った。


 ひび割れた闇。

 見えた光。

 伸ばす手の先―――


 彼の心にそっと寄り添う。


≪がんばって≫

 見つめる先、グラウンドの彼に願いを込める。

 どうか、届いて。

 そして、きっと無事で、桐野くんらしい戦いを見せて。

 桐野君なら、出来る。
 だって、あなたはこんなにも、

 頑張っているのだから。


≪桐野くん≫


 きっと、大丈夫だから。だから、どうか―――

 負けないで。

≪代谷≫

 間の抜けた声が泉を呼ぶ。

 桐野から客席までの距離はあまりにも遠く、大勢の中の一人である泉の顔がどこにあるかなんてきっと見えてはいない。

 けれど、泉の目には、グラウンドの桐野がはっきりと捉えられている。
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