キミは聞こえる
「サッカー、好きなの?」

 返事はない。予想通りだ。

 そのときふと泉は思った。

 彼は、空ばかりを見ているのではないのかも知れないと。

 矢吹母は言っていた。

 翔吾はサッカーが好きなのだと。

 いつもタイヤの上に座って、チームの練習を眺めていたのだと。

 ボールを追いかけ、取り合い、笑い弾ける彼らを、大好きなサッカーを見つめる翔吾は、いまもちゃんと好きという感情を忘れずに胸に残しているのかも知れない。

 近くにあった丸イスを引き寄せて腰掛けると、泉はそっと翔吾の手を握った。

 嫌がる素振りも、握りかえしもしなかった。

 なんて細い手首だろう。

 手の甲に血管と骨が浮き出ている。これではまるで老人だ。

 指も細く、触れた指先はまるで血が通っていないかのように冷たい。

 包み込むように両手を重ねる。

 目を閉じて、スタンド席で祈ったときと同じ感覚を思い出す。

 桐野の力になりたい。彼を、彼らしく居続けさせてあげたい。

 ありのままの彼で、生きて欲しい。

 その願いは桐野も、翔吾も変わらない。

 いつものように翔吾との間に心の道をつくる。

 波風一つ立たない、闇と静寂に満ちた海が横たわる。


 そっと、名前を呼んでみる。


≪翔くん≫


 少年のまぶたがかすかに動いた気がした。
 もういちど呼んでみる。

 すると―――

≪翔くん≫

 今度は握られた翔吾の手の指が、泉の手の中でぴくぴくと動いた。

 浮かべた言葉を強く念じるように、だがあくまでも慎重に、翔吾の心に送る。
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