キミは聞こえる
≪聞こえる? 私の声≫

 少女の声は、翔吾の中で、光を纏った一枚の白い羽へと姿を変え、ふわりふわりと舞い降りるとやがて闇の海に落ち、溶け消えた。

 ちいさく首を傾げると、それまで泉が合わせていながらずっと"ずれ"を感じていた二つの視線が、そこに来てはじめて合致した。

 翔吾のあどけない眼差しに、おぼろげではあるが、目の前の泉を認めるという確かさを感じた。

≪聞こえてる?≫
≪なに、これ……だれ?≫

 ゆっくりと瞬きをすると、翔吾の瞳は眼下の掴まれた手に落とされ、ふたたび泉の目に戻る。

 不審そうに少年は繰り返す。

≪おねえちゃん、だれ≫
≪通りすがりの高校生≫
≪なんで、ここに……? ぼくに、なんの用?≫

 光は海の深いところにまで浸透し、やがて波紋が生まれた。

 表情にこそ反映されてはいないものの、彼が泉に興味を示したことがなによりの証拠であろう。

 泉はそっと翔吾の頬に触れた。肉が乏しく、皮と骨しかないように思えた。

≪サッカー、好きなんだよね≫

 なんの用と訊かれてずばり助けに来たなどと臭い台詞を言えるはずはない。

 泉は正義の味方を気取りたいわけでもなく、ヒーローだと思われたいわけでもない。

 だからわざと話をそらした。

≪―――うん≫
≪いっしょにやりたいとか、思わない?≫

 にわかに翔吾の顔に影が落ちた。

≪やりたいけど、無理だよ≫
≪どうして≫
≪ママが、許してくれない≫

 あの女のことを思い出すだけで反吐が出る。設楽並に好かない女だ。

≪チームに入って本格的に練習するのとは別に、ただボールを蹴り合うだけでも、駄目なの?≫
≪……わかんない。でも、たぶん、だめ≫
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