キミは聞こえる
 翔吾の声は次第に弱くなっていく。

 母親のことを話し始めてから、彼の声には怯えのようなものがちらつきはじめた。

≪どうして?≫
≪だって、ママはぼくがきらいなんだ。うまなきゃよかったって、ママはいっつも言う。くちぐせなんだ≫

 小さな肩が震える。

 ……人間の屑め。
 
 泉は怒りのあまり涙が出そうになった。

 ベッドに腰を移して翔吾の肩を抱くと、肩から腕にかけて何度もさすってやった。

 寄り添うように体重を泉に預ける翔吾の胸元に、青い痣を見つけた。探せば、首のあたりにも二の腕の裏にも痛々しい青痣が。

 ……こんなことが世の中にあっていいのか。

 胸の鬱ぐ思いがした。

 何故、このような幼い子供がここまで傷つかなければならないのか。

 挙げ句、うまなきゃよかった? 

 呆れて物も言えない。ましてやそれを本人の前で言うなんて……。

 いくら小さいとはいえ、言葉が理解できない歳ではない。

 嫌が応にも理解できてしまうのだ。

 耳を塞いだって、声の届かない場所に隠れてたって、母の態度から子供は幼心になにかしらを感じ取る。

 時間の問題だったろうとは思うが、それにしても……!

 やるせない思いが泉の心に闇を差す。

 心を放り捨てようとする翔吾の気持ちもわかるというものだった。

≪それでも、好きなんでしょ? やりたいんだよね≫
≪うん。ぼく、たいいくは、サッカーがいちばんすきなんだ≫

 刹那、翔吾の心が大きく揺れた。

 それは、ここに来てはじめて触れた翔吾の明るい率直な感情だった。
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