キミは聞こえる
「なにが食べたい?」

 券売機の前で友香が尋ねると、翔吾は迷わずハンバーグ定食のボタンを指さした。

 愛妻弁当らしきごくごく普通の二段弁当を広げながら本を読んでいた翔吾の担当医は、翔吾が目の前に現れた瞬間、友香とまったく同じ反応を見せた。

 おもわず挟んでいたウィンナーを取りこぼし、油染みのついたページを慌ててティッシュで拭う。

 担当医いわく、多少胃が弱っているところがあるけれど、臓腑にこれという問題はなく、よく噛んで飲み込みさえすれば平気だとか。なによりである。

 財布を持っていなかった友香、担当医に代わり、泉がハンバーグ定食の券を購入する。

 喉が渇いていたから一緒にジュースも買った。翔吾のも合わせて二杯分だ。

 席で待っていろと言っても翔吾は泉のそばを離れようとはしなかった。

 厨房のカウンターの前で待つ泉の手を掴んだまま、自身も中をのぞこうと精一杯に背伸びをし、首を伸ばす。

≪おいしい?≫
≪うん≫

 口の周りにソースをつけたまま、先ほど担当医に言われたことなどすっかり忘れたように翔吾はハンバーグをほおばる。

 安心したように見守っていた友香だが、看護士に呼ばれて名残惜しそうに席を立った。

 食堂を出ようと泉の傍らを通り過ぎる直前、泉の耳許に顔を寄せると、

「あとでしっかり教えていただきますからね」

 と囁いた。

 少し困った。なんと言って誤魔化すべきなのだろう。

 友香用の言い訳をいまのうちから考えておかなくては、と思ったそのとき。

 それまでカタカタと忙しなく動いていたフォークがぴたりと止まった。

 かと思うとたちまち翔吾の手が小刻みに震え出す。

 彼の手を滑り落ちたフォークがテーブルで弾み、床に落下した。

≪どうし―――≫

 翔吾の視線の先を辿るよう腰を捻りながら心の中で問いかけて―――

 泉は目を見張った。
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