キミは聞こえる
 ……なん、で。

 彼らの見つめる先には一人の女がいた。

「!」
「―――翔吾!」

 甲高い声が少年の名を呼ぶ。びくんと翔吾の肩が跳ね上がる。

 そこにいたのは紛れもなく翔吾の母親だった。

 息子の名を呼んだ女は、あいかわらず清潔感に欠けた装いで翔吾の元へ駆け寄ろうとする。

 翔吾は転げ落ちるようにイスを降りると、泉の膝に取りすがった。

 翔吾との間に立ち塞がると、女は露骨なまでに敵対心を剥き出しにして泉を睨みつけてきた。

 格好は酷い有り様だが、顔だけは一丁前に飾っている。むんと香水のきついにおいが鼻孔を突いた。

「なによあんた」
「この子のお母さんですか」
「だったら何よ。あんたには関係ないでしょ、どいて」

 泉を避けて伸ばす母の手から翔吾は逃げる。

 怯えているのが裾を掴む手の握力から布越しに伝わってくる。

「翔吾、隠れん坊なら帰ってから一緒にしてあげるから。言うこと聞きなさい。ちょっと、聞いてるの、翔吾!」

 声を荒げると翔吾は縮み上がり、泉の背に身体をぴたりとくっつけた。

「場所をわきまえてください。ここをどこだと思っているんですか。警備員を呼びますよ」

 無理矢理にも引き離そうとする腕を掴み、女を制したのは翔吾の担当医だった。

 女が舌を鳴らす。

 しかしそれは医者に向けられたものではなく、明らかに泉に対する脅しだった。

「あんた誰よ。翔吾とどういう関係? 見たところ看護士じゃないみたいだけど。あたしになんの用よ」
「人に名前を尋ねるときはまず自分から名乗るべきでは?」

 言いながら、なんか格好いい台詞だ、とちらりと思った。
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