キミは聞こえる
 逆に女の眉間には険しいシワが刻まれる。

「あ? あんた何様? 私に喧嘩売ってるの?」
「あなたに喧嘩を売って私になんの得が? しごく当然の質問をしたまでですが気に障りましたか」

 猛獣のような目つきで女は泉を威圧する。

 おもわず鼻先で嗤ってしまいそうになった。

 そんな視線、栄美で宿題を忘れたとき、授業中かけられて答えられなかったときに教師から向けられたものに比べればずっとぬるい。ぬるすぎる。

 むしろ不細工すぎて笑いがこみ上げる。

 その程度で、この私が狼狽えるものか。

(品のない女)

 ―――つくづくそう思った。

「無関係なやつがあたしらの間に割り込んで来るんじゃないわよ。ケーサツ呼ぶわ―――」
「新田クリニック、新田鷹史」

 女を遮りそう言うと、みるみるうちに女の顔色が変わった。泉は続ける。

「シルバーのレクサス、妻子持ちの歳は三十五前後。隣町で開業医をされている先生を、ご存じですか」

 女の動揺が手に取るようにわかった。

「……し、知ってたらなんだって言うのよ」

 あくまでも強気な姿勢を崩す気はないらしい。

 しかし、こういった力任せに相手をひれ伏せさせようとする、自分が上だと信じて疑わないおつむの足りないやつは、

 ずばり強く物を言われると途端に取り乱さずにはいられないことを泉は知っている。

 勇敢そうに見えてその実、まったくそんなことはなく、単なる見かけ倒しの強がり馬鹿だ。

 後ろめたい事実を露見させられそうになり、たちまち自信を無くした女の心はぐらぐらに揺れる。

 顔、青いよ。

 まるで玩具だ。操り人形。愚かで滑稽、なんとも愉快である。
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