キミは聞こえる
 そして、

 心で、言の葉を桐野に送る。

 瞬間、禁忌を犯すことの恐怖に胸が震えた。


≪そんなことない。桐野くんは、友達想いの優しい人≫


 途端、桐野の目が限界まで見開かれる。
 口を押さえ、

「しろ、な、なんで……、だって、口、動いて、えっ…!?」

 何が起こったのかと狼狽する桐野、視線をキョロキョロしたり、耳を叩いたりしている。

「いまの、いったい」
「……お願い、誰にも言わないって約束して。私、父さんが日本に帰ってくるまでの間、なんとしてもこの町に残ってないといけないの。このことが大勢に知れたら、私、この町に居続けられない」

 もしばれれば、自分のことを誰も知らない土地に逃げなければならなくなる。

 藤吾は泉の一人暮らしを許さない。
 
 代谷家に留まる以外に、藤吾が安心できる形で日本で暮らす方法はなかった。

 お願い、と繰り返す。

 桐野はひとつ唾を飲み込むと、わかった、とゆっくり頷いた。

「約束する。絶対に、口外はしない」

 最後の最後、まだ心のどこかで踏ん切りが付かない自分に覚悟を決める意味でひとつ息を吐いた。


≪会話をするときみたいに、頭で言葉を浮かべてみて≫


 桐野は、泉の声が直接自分の中に流れ込む感覚に慣れないらしい。

 設楽にはじめて話しかけられたときの泉と同じである。

 高校生にもなると現実と非現実が否応なしにも理解できるようになり、翔吾のようにすんなり泉をヒーロー扱いできない。

 泉も桐野も、素直に物事を受け止めることができなくなりつつあるため、いざ魔法のような力に触れると、すごいという感情より、不気味という思いが圧倒的に先に立つ。


≪私、気持ち悪いでしょ。こんなことができて≫

< 488 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop