キミは聞こえる
 泉は馬鹿が嫌いだった。

 勉強ができないという意味のそれではなく、人としての常識に欠けている人間が大嫌いだった。

 平気で自分じゃない誰かに向かって「死ね」と言える彼らのような低レベルな思考しか持ち合わせないやつらとは正直おなじ空間にいることすら腹立たしい。

 バカが伝染(うつ)ってしまいそうになる。

 けれど、ここで自分が佳乃を養護するような一言を言えばなにかと面倒なことになるのは目に見えていた。

 どうして俺たちの言葉が読まれているのか。
 どうして佳乃のことを庇うのか。

 心を見透かされていることがばれると厄介なことになるし、特別仲のよい友人を作る気がない泉にとってここで佳乃を庇うとあとあと佳乃が不利な状況に立たされたとき周りはきっと自分に目を向ける。

 栗原と仲いいんだろ?

 だったら助けてやれよ。

 ……そんなことを言われはじめたら泉の学校生活は入学早々に終わってしまう。

 ここは我慢どころだ。

 腹はムカムカするし、頭の奥には鈍い痛みが走るけれど、そんなもろもろすべてをアイスとともに飲み込んだ、そのとき。

「泉ここにいたんだー」
「ようやくお待ちかねの風呂だってよ」

 階上から声が降ってきて顔を上げると、踊り場から下りてくる千紗と響子がこちらに向かって手を振っているところだった。

「なんだぁ桐野たちもここにいたんだ。部屋にいないからどこだろうって思ってたよ」
「女子が来るって言ってたから俺たちまでいたら狭くなるなーって思って出てきたんだ。な?」
「おう。話は進んだか? なんの話か知らねーけど」
「話だったのかイマイチわかんなかったよね。結局おしゃべりで終わった感じ」
「桐野たちいたらもっと楽しかったのにさー」
「マジで? それは悪いことしちゃったかも」

 ちろっと舌を出して茶目っ気に桐野は謝った。

 けれど、悪いことをしたと言いながら心の底ではまったく反省など欠片もしていない様子に泉は呆れた。

(でも……あれ?)

 泉は笑う桐野にふと首を傾げた。
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