キミは聞こえる
「最初のは、あれはたぶん、女子トイレ…かな。男子用のが無かった気がした。うん、それで、突然まっくらになって、なにがどうなってるのかよくわかんねぇと思う間もなく今度は何故か俺の声がして―――……ほら、俺がおまえの変装を見破った日だ。んで、それが終わると今度は……保健室で、設楽がいた」

 露骨に不機嫌そうな顔になる。

 サッカーの授業でとんでもない目に遭わせられた日のことだろう。

 あのとき設楽に、彼の言う≪つなぎ≫を教わった。

「それから?」
「それから…すっげぇふて腐れた顔つきのオバサンが―――って、そういえばあれはたしかさっき病院の食堂で見た女だったな!―――が通り過ぎて……そんで、やたら広告の挟まったドアポストが見えた。そこで、稲森先輩の親父さんがコーチやってるサッカーチームの案内を見た」

 その流れは、と泉は思った。

 泉が翔吾の心を呼び覚ますべく動いた行動の記憶だ。

 翔吾と出会った日から、これまでの彼に関する記憶が桐野に流れ込んだらしい。

 桐野の言う早送りがどれほどの速さなのか知らないが、桐野の語る事実は、はじめから稲森代表の名前が上がるまで、早送りで見たとは思えぬほど正確で、なおもまだ先を続ける。

「そのあと、見たことのあるおばさんが出てきた。名刺、なんて書いてあったかな……なにせ一瞬のことだったから……矢の字は見た気がすんだけど―――そのおばさんが見た先は鈴森三小で、チームの練習をやってた」

 それからも桐野は流れてきたという泉の記憶を、はっきり覚えているところだけは細かい部分まで報告した。

「あれって……代谷が見た記憶なんだろ? アパートでやってたことも、チームを見に行ったことも、あの翔吾って子供のためにやったことなんだよな。―――そのとき、聞こえたよ」
「なにを?」

「サッカー好きなの? って」
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