キミは聞こえる
「俺はおまえを尊敬するよ」
「そんな大それた人間じゃない」
「おまえは立派だよ。まぁ…俺が子供過ぎるんだろうけど」

 自嘲がこぼれる。

 桐野には悪いけれど、強く否定できなかった。

 彼はたしかに子供らしい。
 けれど、それは決して悪い意味ではない。

 それが彼の良さだと泉は思う。
 桐野は子供の心を、無邪気さを、なにより純真さをなくしていない。

 真摯に友のことを思い、案じ、誰彼という壁を作らず周りと接することの出来る少年だ。

 数少ない貴重な宝石がクラスに一人いるだけで、救われる者のどれだけ多いことか。

 無意識でも人助けが出来る彼という存在の価値は計り知れない。

 つい最近まで力から逃げていた私など、桐野にはとうてい及ぶはずがないのだ。

「桐野くんには桐野くんの良さがある。だから私も変われた」
「俺が代谷の力になれることなんてあるのか」
「桐野くんは、自分の真の魅力をわかってない」

 手を差しのばせる私になりたい。

 強い自分になれたなら。

 ……栄美にいた頃なら考えつきもしなかった前向きな言葉。
 それらを思い浮かばせてくれたのは他でもない桐野だ。

 桐野の心地よい素朴さに惹かれ、人を心から思いやるあたたかさに触れ、また頑張る姿に触発され、なおかつ後押しをされたから、今の私がある。

 こんなつまらない私にもしぶとく付き合ってくれた、そのことがなにより私を立ち上がらせてくれたのだろう。

「魅力なんて言葉、男にも使うのか」
「女に使うとなんかやらしい感じがする」
「なに言ってんだよ」

 笑う桐野の襟足が揺れて、泉の額をくすぐる。
 
 冗談を言い合うことさえこんなにも幸せで、いま、私は確かに満たされていると感じる。

 桐野の手が、腕が、声が、においが――心が私を包む。


 笑える今に、涙が溢れる。


「―――なぁ」
< 495 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop