キミは聞こえる
 友達という意識はもはやない。
 しかし、恋人でもない。

 相手の気持ちを知り、相手も自分の気持ちを知っていながら、並んで歩く二人の間にはいまだ見えない壁がたしかにある。

 彼の優しさに素直に頷けない自分がひどく酷(むご)い人間に思えてくる。

 桐野を悲しませたくはないのに。

 彼の底知れぬ優しさは、この身を以て何度も感じ取っているはずなのに。


 ごく普通の女の子を好きになればいい。


 人は、相手がなにを考えているかわからないから、口論し、ときにそれが喧嘩にまで発展して、それでも相手を知ろうとして仲直りをして。

 けれど、一度の争いでなにもかもわかり合えるはずはないからまた性懲りもなくぶつかって、そしてまた手を取り合うのだろう。

 そうやって情とは深まっていくのだと、泉は思う。

 背を向けて対立することは、決して崩壊への道ではない。

 段階だ。
 互いが互いをより深くわかっていくための必要不可欠な段階、過程の一部。

 泉は、桐野の心が読める。

 向こうが読めなくても、自分が読めれば、桐野の気を患わせることなどありはしない。

 もっとも、彼の心を読もうなどとは、思っても実行はしないけれど、
 しかしいざとなればどうか。

 泉が力を使わなければ、人並みに対立することもあるだろう。

 そのとき、自分は力に頼ることなく解決へ向けて努力することが出来るのか。

 保身のため、己のためならば手段を選ばないことは、サッカーの授業中、設楽にしかけたときのことで思い知っている。

(でも、力を使わなくても、桐野くんとはちゃんと仲直り出来た)

 アパートでのことを見られて以来、桐野との間にあったわだかまりを解消できたのは、互いに胸の内をさらけ出したからに他ならない。


 ……だが――。


 友情と恋愛は、別だろうとも思う。
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