キミは聞こえる
 いまになってそうだったのかとわかったこと、

 桐野に佳乃の様子がおかしかったがなにかあったのかと訊かれたとき、泉の胸をにわかに騒がせたものは、おそらく嫉妬と呼ぶものだったのだろう。

 そしてその不可思議な感情はしつこく彼女の心にわだかまり、勉強の邪魔をして、結局、桐野に直接訊かなければ満足に自分をなだめられなかった。


 自分は意外にもそういうことを気にする質だったのかと、まさにいま知った。


 それでますます自分の抑制力と理性の限界がわからなくなる。

 自分はわりとすべてにおいて冷静で落ち着いているほうだと自負していたが、実のところあまり自制が効くタイプではないのかも知れない。


 やはり、

 桐野の隣に並ぶ者として、いや、好いた男の隣を歩む者として、

 自分は差し出された手を安易に掴んでよい者ではないのだろう。


 巡り巡って元の考えに戻ったとき、泉の鼻孔を好ましい香りがくすぐった。


 そこは桐野家の目の前だった。
< 499 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop