キミは聞こえる
 切なげな吐息が、泉の許可無く頭の奥に流れ込む。

≪あのさぁ、前から気になっていたんだけど、"って人"って言い方そろそろやめないかな。それにげって、げって……いくらなんでも酷いと思うよ。日頃の口調と心の中とではまるで言葉遣いが違うよね、代谷サンて≫
≪勝手に傷ついてるくせに何も言われたくない。だったら私の心を読まなきゃいい。てか、読むな、入ってくるな≫

≪いや、いまのは代谷サンから俺の中に入ってきたよね。明らかにわざと、だよね≫

 はっとして思わず設楽の顔を仰ぎ、慌ててステージに視線を戻す。

 一学年のどっかのクラスの担任はいまだテストについての心得、勉強方法について淡々と話していた。

 が、泉の耳には届かない。

 そんな、まさか――。

≪わ、私があんたなんかの頭に自分から接触するわけないでしょうがッ≫
≪あんた"なんか"って言い方は聞き捨てならないけど、まぁ僕は優しくて心が広いから聞かなかったことにしておいてあげるよ。

 いま、僕は確かに意識を代谷サンから切り離していたよ≫

 瞠目し、驚倒寸前の泉はぱさりとプリントを取りこぼす。

 嘘、でしょ…………

≪やぁ、君のほうから僕の中に入ってきてくれるなんて、ようやく僕の努力も報われたって事かな。どうだろう、今日は無理だけど明日は体育館使用が前半でわりとすぐ下校出来るから、そのあと一緒にデートなんか――≫

 泉は足元に落ちたプリントを拾い上げるなりぐしゃりと捻り上げ、びりりと不穏な音を地味に響かせながら、

 このまま拳を野郎の頬に食らわせてやりたい衝動を決死で堪えた。

≪だから私じゃない≫
≪僕でもない≫

 すぐさまそう返されて軽く腹が立つ。

 万に一つ、泉からこのクソ野郎の心に己の心を繋ぐはずはない。

≪少し前から気になっていたんだけど、やっぱり代谷サン――≫

 横目に、なんだよ、と挑むように設楽を見上げる。

 一拍間を置いて、設楽は訊いた。


≪僕の言った、≪繋ぎ≫が出来るようになったよね?≫

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