キミは聞こえる
 ……考えたくない。

 しかし、いざというときを想定して、最悪を念頭に据えることは何事に置いても大切なことだとはわかっている。

 震える指を叱咤し、泉は胸に浮かんだ思いをなんとか文字に替えて桐野に伝える。

『力が、抑えきれなくなってるのかもしれない』

 はっと顔を上げた桐野、目の前の、血の気の失せた少女の顔を見て唇を引き結ぶ。

 続きを記す。

『もし、このまま力が落ち着かなかったら――』

 そこまで書いたとき、足音が教室に戻ってきた。

 ペンケースでさりげなく筆談を隠す。

 前の席の生徒が椅子を引きながら、代谷さんの番だよ、と教えてくれた。

 立ち上がりながら泉は、残りの部分を端的に伝える二文字を素早くノートの隅に書き込んだ。

 それを見た瞬間、桐野は息を呑みこんだ。


『暴走』


 そう、暴走――。

 覚醒が、必ずしも良い方向にばかり作用してくれるとは限らない。

 身の丈に合わぬあらゆる事物は、ときとして毒となり、また不幸を招く。


 桐野ほど信頼の置ける人物はそういない。

 友香にさえ打ち明けられないのは、彼女にだけは心配をかけさせたくないからだ。

 泉に普通とは違う力があると知って、しかし彼女は間違ってもそれを利用しようとはしないだろう。

 泉がおかしな事件やもめ事に巻き込まれるのではないかと案じてくれるに違いないのだ。
 そんなことは、絶対にさせられない。


 ……本当は、桐野にもそうしていたかった。
 彼に打ち明けたことで救われた部分もたしかにあったけれど、事実は人を苦しめる。

 泉を好いてくれているという彼ならばなおのことだろう……。


 去り際まで桐野の視線を感じたけれど、目が合えばうっかり涙がこぼれてしまうそうだった。

 気づかないフリをして、泉はそのまま廊下に出た。

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