キミは聞こえる
 なにやら手元のプリントを捲る安田の姿を認めて、泉は一つ息を吐いた。

 切り替えなければ、と胸の内で頭を振る。

 考えれば考えるほど神経は研ぎ澄まされ、集中度が上がってしまう。感情が昂ぶっていてもきっといけない。

 ボードに目を落とす安田の顔を正面からじっと見つめるにつれ、張り詰めたものがゆるやかにほぐれていくのを感じる。

 目の下にホクロがあったのだ、とはじめて知った。

「な、なんだ?」

 俺の顔になにかついてるか? と安田は、いささか狼狽した様子で、背後の窓を振り返った。

「いえ、何も」
「そ、そうか、それならいいんだが……」

 こほん、と咳払いをする安田、すでに知っているとは思うが、と前置きをしたのち、泉の順位を手元のプリントに無言で書いた。

 のぞくと、そこには無機質に"1"という数字がぽつんとあった。

 朝礼のときからわかっていることだ。

 今さら何の感動もない。

 それどころか、朝礼の時間でさえ、泉の心は僅かにも飛び跳ねなかったのだ。

 事前に知らされている上、そんなこそこそと教えられても、一体どういう反応を返せばよいのか。

「はぁ」

 思案した結果がこれだ。
 我ながら何という味気ない応えっぷりだろう。

 これという返事が浮かばなかったのだから仕方がないと言えばそうだ。

 おそらく、十分に時間をかけて熟考したところでろくな相づちは打てないだろうとわかるから、これがまあ無難と言えよう。

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