キミは聞こえる
 泉からもっと難易度の高い問題を出してくれと頼んだ覚えは一度としてないし、これから先も、無理難題やわがままを押しつける気は毛頭ない。

 気の利いたことは出来ないし、扱いだって簡単ではないだろう。

 しかし、自分で言うのもなんだが、教師から見て泉ほど楽で便利な生徒もいないはずではないか。本来なら。

 文句は言わない、あてれば答えを必ず返す、私語もない、聞き分けはそれなりによし。

 それなのに、どうして……――

 頭を抱える少女の前に、不意にぽんと折りたたまれた小さな紙が飛んできた。

 誰だよ、こんなときに手紙なんて………ッ!

 どんなにか酷い顔になっているか、想像もつかないので、下を向いたまま片手で紙を開く。


『だいじょうぶ?』


 見慣れない字体に眉をひそめる。

 桐野との筆談を隠すために置いていたペンケースをずらして桐野のそれと見比べる。

 どことなく、桐野の文字と手紙のひらがなは違って見えた。

 誰だろう。

 ひとつ、ゆっくり深呼吸をして顔を上げる。と、背後で足音がした。

 振り返れば、そこには男子生徒の後ろ姿。クズ入れにゴミを捨てに来たらしい。

 内履きのかかとに書かれた名前へと視線を下ろすより早く、男子が泉の方を向いた。

 矢吹だった。

 この手紙、矢吹君が? という問いかけの眼差しを、矢吹はすぐさま読み取って、わずかに首を傾げる。

 同じように無言で『だいじょうぶ?』と尋ねてきた。

 作り笑いは苦手だが、自習中どうどうと声を出すわけにもいかない。
 そんなときはやはり、表情で意思を伝える以外に方法はなかった。

 感謝の意を込めて、ぎこちなくも口角をゆるめれば、矢吹もやっぱり黙ったまま、それならよかった、と言うように頷いた。

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