キミは聞こえる

五章-4

 一時間目が終わり、安田に呼び出されるかと思ったが声はかからなかった。

 彼の担当する授業の後も、安田は泉を呼びつけなかった。

 あんなやりとりがあって、内心では呼びたくてしかたがなかったかも知れないけれど、泉は、安田が教室を出て行くまで頑として下を向いていた。

 声をかけようにもかけられなかったのだろう。

 一日は過ぎ、あと一時間で下校というチャイムが校舎に響き渡ったときのことである。

 廊下の方から、何やらざわざわと騒ぎ声が聞こえてきた。

 生徒たちが連れだって行き交うときの、常のざわめきとはどこか異なっており、なんだろう、と泉は佳乃と顔を見合わせた。

「なんか、いっぱい大人たちが来るよ!」

 そう言って泉の席に駆け寄ってきたのは千紗である。

「今日って授業参観じゃないでしょ?」

 泉が尋ねると千紗は手を振って、「父兄っていう感じじゃないの。みんなぱりっとスーツ着こなしてて、教頭先生が誘導してた」と説明。

「じゃああれじゃない?」

 と響子が閃(ひらめ)いた。

 廊下に視線を向けたまま、「授業見学よ。ほら、中学のときもたまにあったじゃん。そこらへんの中学の教師が何人か来て授業見ていくの」

 きっとそうだよ、と得意顔の響子に、ああそうか、と三人は頷く。

「栄美にもよく来てた」
「あちこちから先生来るから、だ、だから安田先生、スーツだったのかな…」
「なるほど似合わない格好しちゃってと思ったらそういうことかぁ。着てこいって言われたんだねきっと」

 はたして、あれが教頭だったか、という白頭のおやじが、教師とおぼしき一団の先導に立って、泉たちクラスの前にやってきた。

 かと思いきや、

 まさか――

「うっそ、うちらのクラスの前で止まったんだけど!」
「ばっか千紗、声がでかいッ!」

 千紗の言う通り、スーツ軍団は、そこにきてやおら足を止めたのである。

 始業のチャイムまであと二分とない。

 嫌な予感にクラスメイト全員が自然と声を消して、それぞれの席へと散っていく。

 騒がしい周辺の教室と、妙な空気に包まれるこのクラスとでは、明らかに温度が違っていた。

 めずらしく、チャイムが鳴る前に担当の教師が教室に駆け込んできた。

「おっ、察しが良いな」

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