キミは聞こえる
 式を書き終え、右下に答えを、さらにその下に線を引いてフィニッシュの点を打つ。

 と、およそまばたき一回分ほどの差で、手塚のペンの先がコトッとノートに落とされた。


 上体を起こしてふぅ、と一息。

 正誤の判定がでていないため、もちろん安堵するにはまだ早いのだけれど、この達成感ならば、きっと。

 荒々しく書き記された解答の列を頭上から手塚が見下ろしているのがわかる。

 懐かしい、この気が遠くなりそうな感覚。
 唇を引き結んで、泉は、辛抱強く耐える。

 特に手塚は、役者のような容貌が相乗効果となって、不正解を出してしまったときの眼光といったらまるで獣そのもの。

 言葉少なに睨まれたときの恐怖と言ったら、翔吾の母など比ではない。


 不意に手塚の気配が遠のき、恐る恐る首を捻って見てみれば手塚は他の生徒のノートを覗きに行っていた。

 一瞬、まさか間違ったのかと不安を覚えたけれど、すぐさまそうではないと――授業に戻れという意味だと泉は察した。


(て、ことは……――)


 中間試験で一番になったときには欠片も感じることの無かった浮き立つ気持ちが、今、

 たしかに胸の奥、じんわりと広がっていく。


 いや、喜ぶのはまだ早い、と泉は自身を抑える。


 時計を見上げると、授業が終わるまで残り十五分を切っていた。

 早く、訊きたい。
 手塚に正誤の答えを。

 終業のチャイムが響いたら真っ先に手塚の元へ向かおうと泉は決め、黒板へと久しぶりに視線を戻した。

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