キミは聞こえる
「ノート」手塚は骨ばんだ長い指を広げる。
「はい」

 先の努力が詰め込まれたページを広げ、泉はノートを差し出す。

 手塚はそれを無言で受け取ると、ペンで何事かを書き始めた。半回転させて、泉の手に返す。

 すると、そこには――。


『excellent』


 ついノートを挟む両の手に力が入る。

 顔がくしゃっとして、だらしないと自らをたしなめるけれど、こんなにも嬉しい心をどうすれば押さえ込めるだろう。

「よくやった」

 頭にふわりと手がのせられ、泉の目が細くなる。

「はい」

 手塚の目に、僅かではあるけれど、驚きの色が浮かんだ。

「はじめて見たな、おまえが笑ってる顔」
「そうですか?」

 勉強以外のことで手塚と話したことがなかった泉は、指摘された内容に頬を押さえる。

「九條が絶賛していたのもわかる」
「九條……亜矢嘉が?」

 九條亜矢嘉。

 泉が栄美にいた頃おそらくもっとも親しくしていただろう(というより、亜矢嘉が積極的にくっついてきていただけだが)少女である。

 絶賛とはまた、泉の何をそれほど褒め称えたのであろう。

「九條は代谷が栄美を辞めたことをひどく悲しんでいた」
「亜矢嘉が?」

 意外と言ったら亜矢嘉は怒るだろうか。

 泉が栄美に居残ろうと離れようと、とりたてて気にする者などいないと思っていた。

 ねじ曲がったそれはそこここに存在すれど、真の友情などあるはずがないと、あの頃の泉自身が友情をまやかしだと信じて疑わなかったために亜矢嘉の思いに気づいてやれなかった。

「亜矢嘉は、元気にしていますか」
「九條が元気でないときなどあるものか」
 
 立ち回りが上手く、よく動く口で彼女はどこへでもすんなりと人々の輪に溶け込んでいく。

 亜矢嘉は高校に上がっても亜矢嘉のままのようで、ほっとする。


「それより、彼らはおまえの友達か?」

< 552 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop